Research
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光格子による量子シミュレーション ― 光の結晶に原子を閉じ込めた仮想固体
  レーザー冷却による量子縮退気体の研究の勢いはとどまることを知らぬほど進展が著しいです。 その中でも特に注目を集めているのが、光格子と呼ばれる光で形成された周期的なポテンシャル中に 極低温原子気体を導入した系です。 この系は、超伝導や磁性などの固体中の強相関電子系の振る舞いを説明するために導入されたハバードモデルに、 非常によく従う系となっているため、この光格子中の冷却原子を用いて、 強相関量子多体系を“量子シミュレーション”することができるわけです。
  ここで、制御性のよい量子系を用いて別の量子系をシミュレートすることを、 ファインマンに倣い、量子シミュレーションと呼んでいます。 近年、光格子を用いた量子シミュレーション研究がかなり高度なレベルに達し、 画期的な成果が数多く報告されています。 これまでの研究が、ボソンを対象にしたいわゆるボース・ハバードモデルに関するものが中心であった一方で、 最近ではフェルミオンに関する研究が進んでいます。 これまで、強相関量子多体系の主な舞台が、固体中の電子に関するものであったことを考えると、 より、量子シミュレーションという意味合いが深いことになります。 また、ボソンとフェルミオンの混合系などこれまでの固体系には存在しないものも対象となってきました。 量子シミュレーションという観点からは、現実の物質を記述するモデルを再現する量子系を研究することに 第一の興味があるわけですが、冷却原子系を用いることにより、必ずしも他に対応物を持たない、 全く新しい系を実現することも可能です。 そのような系で起こる新たな物理現象を探求することは、 先に述べた狭義の量子シミュレーションと同等以上に意義があるといえます。
  私たちの研究室では、世界に先駆けて2電子系原子のイッテルビウム(Yb)原子の 量子気体(ボース・アインシュタイン凝縮やフェルミ縮退気体)を生成することに成功し、この分野の研究を牽引してきました。 最近、特に取り組んでいるものとして、
  1. 電子が持つスピン1/2をより大きなものに置き換え、高い対称性を持たせた場合の、SU(N)ハバードモデルの研究
  2. ボース粒子とフェルミ粒子が強く相互作用した系における新しいモット絶縁体状態の研究
  3. レーザー光による“原子間”相互作用の制御(いわゆるフェッシュバッハ共鳴)の研究
などが挙げられます。 このほかにも、人工的にスピン軌道相互作用を導入する研究、Lieb格子と呼ばれる、興味深い光格子中の量子相の研究、 また、Yb原子フェルミ同位体の超流動の研究、などを開始しています。 光格子中の冷却原子の系は、未解明な問題を探求する理想的な場として、 さらには、いままでにない新しい量子相を探索する場としても今後の発展が期待されています。