Research
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混合量子気体の研究 ― 光格子中に制御された不純物を導入する

冷却原子を用いた実験は、現代の物理学において、非常に重要な立ち位置を確立しています。特に、「量子シミュレーション」と呼ばれる試みでは、例えば結晶格子構造などの、重要で複雑な物理を実験的に扱いやすく再現するものであり、このアプローチを通して、問題の核心に触れより深い理解を得ることができるようになります。

これまでに単一原子種を用いて数々の重要な実験が行われてきましたが、更に原子種を加えることで、例えば格子中の異なる成分間の相互作用など、量子シミュレーションの対象を広げ、不純物問題などの研究も可能となります。つまり、実験室と異なり、自然に存在する物質に含まれる不純物や「汚れ」によって生じる、様々でそして時に非常に有用な物性に関する研究です。高温超伝導物質などはその重要な例の一つで、不純物ドープと格子構造の「乱れ」が重要なキーだと考えられています。

不純物効果の研究を初め、混合原子系を用いた研究のため、私達のグループは、エルビウム(Er)、イッテルビウム(Yb)、リチウム(Li)の三原子種混合系の実験系を開発しました。Er と Yb は非常に重い原子種ですが、Li は非常に軽く、Er や Yb に対して5%以下の質量しかありません。この極端な質量比を利用して、例えば Er や Yb を光格子中に容易に局在させられ、更にこれを結晶格子中の欠陥に見立てた量子シミュレーションが可能です。それに対しLiは軽いので光格子中を自由に動き回るため、これを結晶中自由電子に見立てることができます。このような系を用いて乱れ誘起局在効果、アンダーソン直交性崩壊といった物性の基礎に関する研究や、高温超伝導体といった研究が期待されます。また、トポロジカル p 波超伝導といったエキゾチック物性に関する研究も視野に入っています。加えて、アルカリ原子である Li が最外殻に一つしか原子を持たないのに対して、Er と Yb はアルカリ土類原子と同様2つの最外殻電子を有し、より自由度があります。特にこのような異なる性質を持った原子から成る分子は回転・振動の自由度に加え電子スピンの自由が残り、これによってハイゼンベルク模型やイジング模型といった量子スピン系の強力で新しい量子シミュレーションが期待されます。

私達のグループではこれまで Yb-Li 混合系の研究を長い間続け、Yb, Li のボース・フェルミ同位体それぞれについて混合量子縮退系の実験を行い、このような混合冷却原子系における衝突過程の知見を得てきました。私達は実験の応用範囲を広げるため、Er を加えた混合縮退系を目指し、より自由度の高い相互作用ダイナミクスのシミュレーターを開発しています。この試みはまだ始まったばかりですが、すでに Er 原子の光トラップや縮退に向けた冷却の初期段階に成功しており、近い将来に3種の原子を用いてどのような物理を見ることができるのか、期待に胸を膨らませています。

MixtureFig1
Yb(緑)とLi(赤)の同時磁気光学トラップ。
それぞれの原子集団のサイズはおよそ数mm。
MixtureFig2
173Ybと7Liの混合量子縮退。
トポロジカルp波超伝導の実現が期待される。